いじめ重大事態調査における録音データの管理と開示
- 森田智博
- 4月17日
- 読了時間: 5分
1 はじめに
いじめ重大事態調査では、聴き取り調査時の録音データが用いられることがあります。近年、調査主体が第三者委員会から学校に移行するケースが増えており、録音データの管理を学校が行うことが増えてきます。録音データに関する法的な論点を、情報公開、公文書管理、個人情報保護の観点から整理します。
2 録音データは「公文書」に該当するのか
(1)「公文書等」の法的定義
まず、録音データが「公文書等」に該当するか否かは、国であれば「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(情報公開法)、地方自治体であれば各自治体の「情報公開条例」の定義を根拠に判断します。
例えば、国の情報公開法(第2条第2項)では以下のように定義されています。
行政機関の職員が職務上作成し、または取得した文書、図画および電磁的記録(以下「文書」という。)であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているものをいいます。
多くの自治体の情報公開条例でも、ほぼ同様の定義が用いられています。つまり、
①職務上作成または取得された
②組織的に利用されるものとして保有されている
③紙の文書に限らず、録音や録画、電子ファイルも含まれる
というものが「公文書」に該当するということになります。
(2)「補助的・途中段階」の資料でも公文書に含まれるか
ここで問題となるのは、最終的な報告書が公文書に該当するのは理解しやすいですが、報告書を作成するための資料に過ぎない録音データが「組織的に用いるもの」といえるかという点です。
この点については、以下の考え方がとられています。
▶︎行政実務における公文書の解釈(総務省見解)
総務省が公開している『行政文書の管理に関するガイドライン』(総務省行政管理局、2021年版)では、以下のように示されています。
「行政機関が意思決定過程や事務処理過程を後から検証できるようにするために職員が作成したメモや録音記録等も、組織的に用いる文書として保有する場合には、行政文書に該当する」(要旨)
つまり、「最終成果物」である報告書のみならず、「報告書作成に至る意思決定過程や調査の過程を後に検証することを目的として、記録や録音データが作成・保有されていれば、『公文書』に含まれる」と解釈されています。
(3)判例における「補助資料」の公文書該当性の判断
過去の裁判例でも、「補助的資料」や「途中段階の資料」についても、一定の場合に公文書としての開示の対象となることが認められています。
【裁判例】
大阪高裁平成13年12月19日判決(行政文書開示請求事件)
裁判所は、「意思決定に至る過程における資料であっても、それが当該行政機関において一定期間保存され、後に組織的に利用される可能性があったものについては、『行政文書』に該当する」と判断しています。
東京地裁平成23年9月28日判決(公文書開示拒否処分取消請求事件)
「最終成果物のみが行政文書ではなく、最終的文書に至る過程の記録やメモ、録音等であっても、組織的に保有されるものであれば行政文書と認めるべき」としています。
3 個人情報保護法と情報公開条例との関係
2022年4月施行の改正個人情報保護法では、個人情報を「生存する個人に関する情報で、特定の個人を識別できる情報(他の情報と容易に照合でき識別可能なものを含む)」と定義しています。この定義に基づき、録音データが個人情報に該当するか否かが判断されます。
録音データが個人情報に該当する場合、次に情報公開条例の例外規定(個人の権利や利益を侵害する恐れがある情報)に該当するかを判断する必要があります。裁判例では、録音内容に個人を特定できる情報が含まれ、開示によって名誉やプライバシー等が具体的に侵害される場合は非開示とする一方で、匿名化やマスキングで特定不可能となる範囲では部分開示を認めています。
4 公文書管理の観点からの問題
公文書管理法・自治体の公文書管理規程において、公務の過程で作成された記録の適切な保存期間が設定されていることが通常です。
特に、いじめ重大事態調査は後に訴訟や第三者検証が行われる可能性も高いため、調査関連の基礎資料(録音データ等)を報告書完成直後に削除することは、不適切な可能性があります。
削除しました」という自治体の回答の問題
録音データは報告書の完成後でも一定期間は保存されるべきであり、自治体が報告書完成直後に削除した場合、公文書管理条例に違反する可能性があります。また、意図的な削除は情報公開逃れとして批判されることがあります。
自治体が録音データを報告書完成直後に削除することには以下の問題があります。
公文書管理の問題:重要な事案に関わる記録は、後の検証や訴訟に備えて一定期間保存する必要があります。直後の削除は保存義務違反の疑いがあります。
情報公開逃れ:情報公開請求を予見した意図的な削除は、情報公開制度を形骸化する行為として非難され得ます。
5 学校主体調査における録音データ管理の課題
学校や教育委員会が調査主体となる場合、第三者委員会と比べ独立性や透明性の観点から録音データの管理方法が重要です。録音データの安易な削除や不適切な管理は、調査の公平性や信頼性を著しく損なう恐れがあります。
6 開示判断の入れ子構造による整理
録音データ開示の判断は以下の順序で行うことが推奨されます。
1. 公文書該当性の判断(多くの場合、該当する)
2. 個人情報該当性の判断(個人情報保護法の定義による識別可能性の確認)
3. 情報公開条例の例外適用判断(個人の権利・利益を害する可能性があるかどうか)
4. 部分開示の検討(匿名化やマスキングによる開示)
このように段階的かつ慎重に判断し、透明で公平な対応を行うことが重要です。
7 教育委員会・学校が取るべき具体的な対応
学校や教育委員会は以下の点に留意して録音データを管理する必要があります。
- 公文書管理規程に従った適切な管理・保存
- 情報公開請求への明確な基準による対応
- 部分開示における匿名化やマスキングの徹底
- 管理規程の整備と運用の徹底
いじめの重大事態調査は、児童生徒の安全と尊厳を守るために行われます。録音データの適切な管理と開示は、その調査の信頼性と透明性を維持するための重要な要素です。
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