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いじめ防止対策推進法第28条第2項と個人情報提供の可否

  • 執筆者の写真: 森田智博
    森田智博
  • 4月17日
  • 読了時間: 5分

1 はじめに

いじめが重大事態に発展した際、被害児童やその保護者に対し、調査結果をどこまで提供すべきか——

学校現場では、**「いじめ防止対策推進法第28条第2項」と「個人情報保護法」**との関係で、非常に難しい判断を迫られる場面が多くあります。


特に、調査結果に含まれる加害児童等の個人情報を提供する場合、個人情報保護法違反に当たらないか、被害児童・保護者の「知る権利」と加害児童等のプライバシー権との調整が大きな問題となります。


本記事では、最新の個人情報保護法(令和5年改正法)に基づき、いじめ防止法第28条第2項の位置づけと具体的な情報提供の可否判断フローを分かりやすく解説します。


2 いじめ防止対策推進法第28条第2項とは?

いじめ防止対策推進法第28条第2項は、いじめによる重大事態が発生した場合に、調査結果を被害児童や保護者に提供することを義務付けています。


第28条第2項(抜粋)

学校の設置者又はその設置する学校は、…調査を行ったときは、当該調査に係るいじめを受けた児童等及びその保護者に対し、…重大事態の事実関係等その他の必要な情報を適切に提供するものとする。


つまり、学校は調査の結果得られた情報を原則として被害側に提供しなければならないとされています。


3 個人情報保護法との関係|本人同意が必要か?

提供される情報の中には、被害児童等以外の児童生徒(通常は加害児童等)に関する個人情報が含まれる場合があります。その場合、学校がこれらの第三者情報を被害児童側に提供することは、個人情報保護法第69条第1項にいう**「第三者提供」**に該当します。


同条項は、原則として、本人の同意なく第三者提供を行ってはならないと規定しています(第69条第1項柱書)。

もっとも、法令に基づく場合には本人の同意なく提供が可能とされており(個人情報保護法第69条第1項第1号)、ここでいう「法令」にいじめ防止法第28条第2項が該当するかが問題となります。


4 28条第2項が「法令」に該当するか

この点について、文部科学省が公表した**「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」(平成29年3月)では、第28条第2項に基づく情報提供を行う際には、地方公共団体の個人情報保護条例等に基づく手続を踏むように求めており、同項が個人情報保護法第69条第1項第1号にいう「法令」に直ちに該当するとの明示はされていません**。


また、実務上、地方公共団体の審査会においても、第28条第2項が「法令」に該当するかについて明確に判断した例は少なく、多くは各自治体の個人情報保護条例に基づく開示規定を根拠に判断がなされています。


もっとも、第28条第2項の文言と趣旨を考慮すると、次のように解する余地は十分にあります。


※第28条第2項の法的性質

同項は、調査結果を被害児童等及びその保護者に対して提供することを義務付ける旨を定めています。


重大事態に至ったいじめについては、被害児童及び保護者の知る権利(憲法21条1項に基づく情報受領権)が強く要請されており、学校に説明責任を課すものと解されます。


特に、同項は目的限定的な記載がなく、被害児童・保護者の安全確保や心理的救済のために必要な情報提供を認める趣旨と解されます。


以上から、第28条第2項は、個人情報保護法第69条第1項第1号にいう「法令」に該当し得ると考えられるものの、現時点で裁判例や個人情報保護委員会の統一的な見解は示されていません。文部科学省のガイドライン等でも明確な位置づけはされておらず、解釈に揺らぎがあることは否めません。そのため、実務においては、第28条第2項が「法令」に該当するとの前提で情報提供を行う場合でも、必要最小限の情報に限定し、提供の必要性・相当性について十分な検討・記録を行うことが重要です。加えて、今後、地方公共団体の審査会判断や裁判例、個人情報保護委員会による見解の集積が進むことが期待されており、それらを踏まえた運用の見直しも検討すべきでしょう。


5 実務上の留意点

もっとも、第28条第2項が「法令」に該当するとしても、提供できる情報は無限定ではありません。

条文上、提供できる情報は以下に限定されています。


「当該調査に係る重大事態の事実関係等」


「その他の必要な情報」


そのため、提供対象となるのは重大事態の事実関係の把握や被害児童等の安全確保、心理的支援のために必要と認められる範囲に限られます。


また、提供する情報の中に要配慮個人情報(個人情報保護法第2条第3項、施行令第2条第3号)が含まれる場合は、特に慎重な取扱いが求められます。例えば、加害児童等の健康状態、家庭状況等は要配慮個人情報に該当し、必要性・相当性の観点から提供の可否をより慎重に検討する必要があります。


さらに、実務上は、後日「法令」に該当しないとの解釈変更がなされるリスクも念頭に置き、情報提供の基準・手順を予め整備し、本人同意の取得や個別判断の記録を残すことが求められます。


6 まとめ

以上より、いじめ防止法第28条第2項に基づく情報提供は、個人情報保護法第69条第1項第1号における「法令」に該当する可能性が高いと考えられますが、提供範囲は「重大事態の事実関係等その他の必要な情報」に限定し、かつ第三者の権利利益の不当に侵害しないよう個別具体的な判断が必要です。


特に、提供の必要性・相当性を検討するにあたっては、


被害児童・保護者の知る権利


加害児童等のプライバシー権


提供による被害児童の安全確保・再発防止


を総合的に考慮し、過剰な提供を避けることが求められます。


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